IPO準備は激務?経験者は語る-実際にはどの程度働くのか-

IPO準備中の企業への転職は、検討にあたって色々と考え込んでしまう方もいらっしゃると思います。

特に管理系の業務を行っている方で、上場準備のための人材募集をしている会社に転職される方は、転職先での業務時間の長さが気になる方も多いでしょう。

著者が実際に2度のIPO経験を経て、責任者として携わっていく中で、この辺りが実際の所どうなのか、書いていってみたいと思います。

IPOで会社が達成しなければならないタスク

① 業績

IPOを行う多くの会社はベンチャー企業であり、今回はベンチャー企業におけるIPO準備に企画や管理の立場で中心的にかかわってくる方を想定しております。著者は財務・経理、IR、経営企画、新規事業開発といった領域の業務をIPO準備会社で管掌していてIPO準備をしていましたが、一方でどうしてもコントロールしがたい要因がIPOでは非常に重要だったりします。その最大のものが業績です。

特にマザーズに上場を目指すベンチャー企業では、急速に伸びてきている売上の伸びの継続や、上場前の黒字化(上場前は成長のための投資フェーズで赤字の会社が多い)などが至上命題として課されます。場合によっては企画や管理の人間も自社製品を周囲に進めてセールスやマーケティングを総力戦でサポートしたり、業務提携などを推進して売上増などに貢献することも特にtoCビジネスの会社ではあったりしますが、中々IPO準備と並行して行うのは限界があります。一方で後に触れますが予算編成の所では多少のサポートは出来ます。

② 管理体制

上場を目指すにおいては、管理側でチェックリストと呼ばれる課題リストを証券会社から受け取り、財務・経理・開示IR・法務・労務・内部統制といった領域で一つ一つ課題をつぶしこんでいく作業が発生します。業績と併せて、この管理体制を整備しきって、課題をつぶしこむことが上場をする要件です。ベンチャー企業ではこの管理体制が上場基準に上場準備段階から到達していることは、ほぼ間違いなくないので、ここが上場準備では最大の山場となります。

IPO責任者が担うタスク

① 予算編成・予実管理

上場においての最大のタスクは業績で、特にIPO準備のために中途で転職していく大概のベンチャー企業の上場先はマザーズです。マザーズ上場では直前までの業績の向上が重要なのは言うまでもないですが、上場後の業績の伸びが無いと矢張り上場出来ません。ただ、「上場後の業績が伸びる」ことを引受証券や東証の審査で証明するというのが意外と重要なタスクです。

ベンチャー企業では前年同期比で数十%上昇していく業績見通しであることなんてザラですし、倍々ゲームで売上が伸びていく想定だったりします。

それを証明するためには、普段から業績やKPIを細かく分析し、予実管理を通じて予算(特に中期目標である3年)の蓋然性を高めていく必要があります。

予算の編成や予実管理は基本的には全部署とコミュニケーションを取り、かつ証券会社や東証の審査でも非常に細かくチェックされるため、IPO責任者にとっては社内・社外で継続的にかなりの工数が取られます。最悪のケースといては成長可能性が認められずに上場が延期になることで、認められる時も、業績見通しを大幅に引き下げられることもあります。

また、大幅い業績見通しが引き下げられても予算が最低限認められれば良いというだけではなく、上記に加えて、IPOの際の上場する時の株価(企業価値)は、多くの会社では上場申請期の経常利益や純利益をベースに市場では計算されます。そのため、申請期の予算の利益見通しが株価に直結するため、プレッシャーもかかります。上場前からの株主は上場によって高い株価で売却することを期待していますし、社内でもストックオプションなどを始めとして高い株価が報酬に直結することも多いです。

最近はWeWorkのダウンラウンド(直前の上場前の資金調達よりも低い企業価値評価での上場)でのIPOが大きな話題となっておりますが、その中でも重要なのは説得力のある予算や業績見通しを示すことです。これがIPO責任者に重くのしかかるため、やはりIPOで主たる役割を担うのは財務・経理系のキャリアの人が一般的には多く、また予実管理や予算編成、予算の蓋然性の審査は最後の最後まで証券会社や東証との緊迫したやり取りが続くため、激務になりがちです。

② 財務・経理・開示・IR体制の構築

管理体制において重要性が高いのはファイナンスの領域です。

IPOにおいてはまず、大前提として上場時に開示する財務諸表について監査法人の監査証明が必要となります。直前前期と直前期の2年間と、申請している決算期の途中までの期間について監査証明を一度に取ります。理想は早い時期から経理の体制を固めて過去2期分の監査対応を済ませていることが良いのですが、ベンチャー企業ではそこまで前から財務や経理を上場会社レベルで行っていることはほぼ無く、普通に上場会社で毎年コツコツと監査を受けるのとは異なり、一気に監査対応をこなすことになります。著者自身、殆どの仕訳を過年度修正で直し、過去2年分の決算を実質的に1ヶ月を終わらせ、監査対応を2カ月で終わらせるといった強行スケジュールでやったことがあり、そういった時期は毎日朝の3時まで働き、翌日8時には出社するといった日々でした。1回目のIPOの時は月の残業時間が300時間まで到達するような働き方で半年近くの日々を過ごしたりといったこともあり、激務になりがちな業務ではあります。

③ 内部統制の体制の構築

内部統制は特に分かりやすい所では稟議などのワークフローの設計や構築、規程の整理、契約管理、取締役会や経営会議などの会議体運営、反社チェックといった様々な領域で完全運用という上場会社として求められる水準での運用が求められます。

これは証券会社からチェックリストと呼ばれるリストをもらいながら、50個程度の課題リストを徹底的につぶしていくことで対応していきます。

一か所でも対応に不備があると当然会社全体として内部統制の体制が万全ではない、という評価になってしまうため、多くの幅広い領域に目を配り、全社的に協力を仰ぎ、一方で問題のあるオペレーション状況や部署には時には厳しい対応をしなければならないこともあり、プレッシャーがかかる業務でもあります。

④ 労務

近年大きな課題となっているのが労務です。

勤怠管理を通じた夜の10時以降の深夜残業や休日出勤の抑制、36協定の遵守、離職率の低下など、多くのことを管理していく必要があるのが労務です。

最近は労務が理由で上場が遅れたりし、実際に普段の勤怠や入退室データを基に出勤簿や給与計算データとの照合まで、本当に細かい所まで審査されます。

対応としては各社員の入退室履歴と勤怠表、給与データを見つめ、規程も常に直してと、労務は今ではIPOの主たる課題の一つになっています。

高いレベルで労務を管掌出来る方が元々いる場合は強いですがなかなかベンチャー企業に入ってきにくい職種でもあるので結局労務分野もIPO責任者は抱え込んでしまいがちなのが業務量が増えてくる要因の一つです。

⑤ 法務

純粋な法務業務が多いかどうかはベンチャー企業の場合は結構業種によります。シンプルなビジネスモデルの場合は法務の部署が充実していないことが多いです。

契約書のレビューや管理、稟議などのワークフローは勿論のこと、反社チェックといった業務はかなりの工数を取ります。

押印管理簿も含めて法務業務もベンチャーの場合は基本、こういった内部統制系のオペレーションがきちんと定着していないので粘り強く社内で導入に取り組むと共に、外部の審査対応もしなければなりません。多くの場合、IPOを行う人間が抱えることが多く、これも激務になりがちな要因となります。

如何でしたでしょうか。ベンチャーでIPOをするのは本当に夢のある話で、みんなで会社や事業を大きくし、IPOという華々しいイベントを迎えることが出来ます。

ただ、その一方でIPO準備は必ずしもどの会社ででもという訳ではなく、いつもではないですが、激務になることもあります。

もしIPO準備に興味がある方で残業などが気になる方は、求人のある会社で話を聞く際には会社の社風(特に働き方)やIPOへの本気度などを聞いてみると良いのではないでしょうか。