国税の徴収において、納税義務の確定前(法定申告期限前)であっても、特定の事由がある場合に緊急的に行われるのが「繰上保全差押え」です。本記事では、国税通則法(以下「通則法」)第38条に基づき、その内容を詳しく解説します。
目次
1. 繰上保全差押えとは
繰上保全差押えとは、将来確定する税額をあらかじめ確保するために、申告期限前に財産を差し押さえる制度です。
2. 繰上保全差押えの要件(通則法第三十八条第三項)
税務署長は、納税者が次の各号のいずれかに該当する場合において、法定申告期限前に、徴収を確保するためあらかじめ滞納処分を執行することを要すると認める金額(以下「繰上保全差押金額」)を決定できる。
該当する各号の事由
- 第一号: 納税者の財産につき強制換価手続が開始されたとき(仮登記担保契約に関する法律第2条第1項の通知を含む)。
- 第二号: 納税者が死亡した場合において、その相続人が限定承認をしたとき。
- 第三号: 法人である納税者が解散したとき。
- 第四号: 信託財産責任負担債務である国税に係る信託が終了したとき(併合による終了を除く)。
- 第五号: 納税者が納税管理人を定めないで日本国内に住所・居所を有しないこととなるとき。
- 第六号: 納税者が偽りその他不正の行為により国税を免れ、または滞納処分の執行を免れようとしたと認められるとき。
3. 手続きと執行(通則法第三十八条第四項)
繰上保全差押えの執行にあたっては、通則法および国税徴収法(以下「徴収法」)に基づき以下の手続きが行われます。
- 国税局長の承認: 税務署長は決定にあたり、あらかじめ局長の承認を得る必要があります。
- 決定の通知: 決定後、直ちに納税者へ書面で通知します。
- 差押えの執行: 徴収職員は、繰上保全差押金額を限度として、直ちに財産を差し押さえることができます。
- 担保による回避: 納税者が繰上保全差押金額に相当する担保を提供して差押えをしないよう求めたときは、差押えを行うことはできません。
- 換価の制限: 差し押さえた財産は、国税の額が確定した後でなければ換価できません。
4. 差押え・担保の解除(通則法第三十八条第四項)
権利保護のため、確定までの期間制限が設けられています。
解除の義務
徴収職員は、以下のいずれかに該当するときは、差押えや担保を解除しなければなりません。
- 納税者が担保を提供して解除を請求したとき。
- 通知をした日から十月(10月)を経過した日までに、その国税の額の確定がないとき。
【重要:期間の混同に注意】 よく似た制度である「保全差押え(徴収法第159条)」では解除までの期間は「1年」とされていますが、本記事のテーマである「繰上保全差押え(通則法第38条)」は「10月」となっております
5. 国の無過失賠償責任(通則法第三十八条第四項)
確定した金額が繰上保全差押金額に満たない場合において、納税者が損害を受けたときは、国は無過失であってもその損害(通常生ずべき損失)を賠償する責任を負います。
6. 繰上請求と繰上保全差押えについて
最後に繰上請求(通則法38条1項)と繰上保全差押え(通則法38条3項)の違いを見ていきましょう。繰上請求と繰上保全差押えは基本となる要件は同じですが両者の最大の違いは、すでに税額が確定しているか、まだ確定していないか(申告期限前か)という点にあります。
繰上請求と繰上保全差押えの違い
| 項目 | 繰上請求(通則法38条1項) | 繰上保全差押え(通則法38条3項) |
| 対象となる国税 | 確定済み(申告済・決定済)だが、納期限がまだ到来していない国税 | 未確定(法定申告期限前)の国税 |
| 制度の目的 | 本来の納期限を待たずに、納期限を繰り上げて支払いを請求する | 将来確定する税額をあらかじめ確保するため、申告期限前に財産を差し押さえる |
| その後の対応 | 繰上請求の期限までに納付がなければ、通常の滞納処分(差押え)に移行 | 国税局長の承認を得た上で、直ちに財産を差し押さえることができる |
共通する発動要件(通則法第38条の各号事由)
どちらの手続きも、国税の徴収を確保するために緊急の対応が必要な「特定の事由」が発生した際に行われます 。具体的には以下の6つのケースです。
- 第一号: 納税者の財産につき強制換価手続が開始されたとき
- 第二号: 納税者が死亡し、その相続人が限定承認をしたとき
- 第三号: 法人である納税者が解散したとき
- 第四号: 信託財産責任負担債務である国税に係る信託が終了したとき
- 第五号: 納税者が納税管理人を定めないで日本国内に住所・居所を有しないこととなるとき
- 第六号: 納税者が偽りその他不正の行為により国税を免れ、または滞納処分の執行を免れようとしたと認められるとき
7. 繰上保全差押え特有の留意点(納税者の権利保護)
「繰上保全差押え」は税額が確定する前に強制的に財産を差し押さえる強力な手続きであるため 、以下のような特有の制限や解除義務が設けられています。
- 換価の制限: 差し押さえた財産は、国税の額が確定した後でなければ換価(売却してお金に換えること)できません 。
- 解除の義務: 通知をした日から10ヶ月を経過した日までに国税の額の確定がない場合は、差押えを解除しなければなりません 。
- 国の無過失賠償責任: 確定した金額が差押金額に満たず納税者が損害を受けた場合、国は無過失でも賠償責任を負います 。
このように整理すると、同じ「通則法第38条」の規定であっても、フェーズ(確定前か後か)によって適用される条項や手続きが変わることが理解しやすくなるかと思います。


